「生」と「枯」

天声人語の書き出し&結語・名文集【自然編】

『「生」と「枯」』

木のはだの微妙な美しさに目が向くようになったのは、冨成忠夫さんの写真集『森のなかの展覧会』をみてからだ。木のはだ、というよりも正確には木のはだをおおう「地衣」の絵模様のおもしろさである。

早春の光につつまれた丹沢山地を歩いた。湖のそばの傾斜地をわけいると、ごうごうと冷たい風が吹いて、アオキの葉をひるがえしていた。ケヤキやクマシデなどの裸木のはだにはりつく地衣類が目につく…


早春の山は生と枯の万華鏡だった。からからに乾いた枯木にも、たくさんの冬芽がついている。こすれば粉のでる地衣類は「枯」そのものにみえるが、拡大鏡でみると、黒や茶の子器(しき)が……としていて、そこにも静かな「生」の営みのあることがわかる。


【掲載年月日】1985/03/06